みうらラタン 公式ブログ
広島から世界へ平和の祈りを届ける
平和を祈る日
本日は8月6日原爆の日です。
原爆によって未来がある大勢の子供たちが犠牲になっており
私の祖父にあたるみうらラタン創業者である三浦花市の二人の子供も亡くなっています。
毎年8月5日には「学徒動員」でなくなっていった子供たちを弔う慰霊碑を中心に
順番に回ってい祈りを捧げるのが伝統となっています。
広島かがり灯の祭典
いつものコースを回った後は
みうらラタンも協賛させていただいている
「ひろしまかがり灯の祭典」を見学させていただきました。
原爆ドーム前の元安川にてかがり灯が浮かべられます。
1台しか現存しない「被爆バイオリン」の演奏をも行われ
海外のメディアも来られて世界中に発信されていました。
感動的な祭典を見させていただき
次世代へその思いを伝えていってくださっている
「ひろしまかがり灯プロジェクト」のメンバーの方々には感謝申し上げます。
そごう広島店主催の「家具の大祭典」の出展!
真夏のような日差しが降り注ぐみうらラタン本店
明日から9月というのに真夏のような日差しが降り注いでいるみうらラタン本店。
製作現場は暑くなりすぎると危険なのでエアコンを適度に効かせ
籐家具の修復依頼やらベッドの製作をさせていただいています。
お待ちのお客様今しばらくお待ちくださいませ<m(__)m>
通気性が良く・長時間座るのに適したラタン家具
家族と一緒に部屋にいる時間が増え、生活様式が様変わりした昨今
通気性が良く・長時間座るのに適したラタン家具が見直され始め、
有難いことにオーダー製作など全国より問い合わせ・ご依頼を頂いています。
今後も自然素材の籐の良さがもっと広まって何世代にもわたって
籐家具が使われていったらよいなと考えています!
そごう広島店主催の「家具の大祭典」に出店
そごう広島店主催の「家具の大祭典」に出店が決定いたしました。
上質空間を演出する国内外のインテリアブランドを取り揃えるというコンセプトの下
日本におけるラタン家具・籐家具のトップブランドの一つとして
みうらラタンが参加することになりました。
日時:2020年9月12日(土)午後10時~午後7時30分 / 13日(日)午前10時~午後5時
場所開催:広島そごう新館11階=NTTクレドホール
「家族とゆったりと過ごす籐家具のある生活」
秋を意識した展示スペースとなっていますので、
「家族とゆったりと過ごす籐家具のある生活」
をコンセプトにゆったりとした時間を過ごせるご提案をさせていただけます。
秋を感じさせる籐の魅力を存分にご堪能ください。
~展示商品の一部紹介~
ニュー伊吹
マローネアームチェア
リクライニングチェア琥珀~こはく~
ラタンツリー・オブジェ「totawa~トタワ~」
以上展示予定商品の一部をご紹介いたしました。
日本で最高峰のラタン家具をご来場いただきご堪能ください!
籐家具職人の店 みうらラタン 三浦祥太郎
SUUMOマガジン掲載!大正15年より広島の街と共に歩んだ歴史
「街を受け継ぐ人々の肖像 広島の街 歴史と今」
「街を受け継ぐ人々の肖像 広島の街 歴史と今」というコンセプトで
SUUMOマガジンの取材を受けさせていただきました!
当時の様子など詳しく話す会長の三浦明利↓
会長は昔話と籐家具の話が大好きなので一度話し出すと止まりません。
その上SUUMOさんの質問が上手なのでいろんな話がどんどん湧いてきます!
私の方からも子供のころと現在の違いなど、
平和大通りが変わっていた様や沢山あった駄菓子屋さんがなくなって、
駐車場になった事など懐かしく話をさせていただきました。
現在と昔の写真を対比させる
一通りお話をさせていただき昔の写真と今の写真を対比させて、
その歴史を分かりやすく伝えたいというコンセプトなので
古い写真が必要なので色んな昔の写真を引っ張り出してきました!
そして昔の写真が決まったら同じ場所で現在の写真を撮影!
製作の様子などは角度などもきめ細かく支持されこだわりの撮影現場となりました!
記事の上部は私の父と2ショットの比較。
左側が1987年33年くらい前ですね。右側が現在(一カ月前ぐらい)
今はこちらのビルは取り壊されてホテルが建設中です。
生地の中段には会長が十代半ばぐらいのころ!約55年くらい前の貴重な写真です。
製作の様子を同じ角度で撮影しました↓
今は取り壊されたビルの前で父の好きな車の写真↑。
そして今回残念ながら中止になってしまったフラワーフェスティバルの比較の写真!(取材は3月半ばごろ・・まさか中止になってしまうとは生まれて初めての経験です・・・)↓
1977年最初のフラワーフェスティバルにみうらラタンも出展していたんです。
地域と歩んできたみうらラタン
こうした取材を通してみうらラタンや地域の歴史を振り返り語りアウトプットすることで
如何に地域の人やご先祖様があっての私であり、みうらラタンなんだなと改めて感じることが出来たひと時でした!
今こうして無事に仕事が出来ているのは広島の街が数々の苦難を乗り越え復興してきたからこそ!
普通なことが特別なことなのだと気づくことが出来でとても有意義な取材でした。
取材スタッフの方々本当にありがとうございました!
籐家具職人の店 みうらラタン 三浦祥太郎